小説書いた! 浦島二郎物語|LINE小説

メンテナンスの時代

世の中的にメンテナンスのよさが注目される時代がきていると思います。

企業レベルにあってもサスティナブルがキーワードになって久しいですし、個人の生活レベルにあっても、ちょっと前だと古臭いといわれていた「DIY(日曜大工)」だとか「セルフメンテナンス」だとか、そのへんのワードが流行ってます。

ものごとを調整し、均衡を保つ。

バランシングですね。
現状維持は低下と同じなんていわれたりもしますが、そのことは似て非なる「調和」の維持が、私たちの社会というか生活において、大切で価値のあるもの(すなわち贅沢さ)だと認知されてきたのだと思います。

調和のなかにこそ、真理に迫る奥深さと創造性を垣間見ることができる。

そういった、ちょっとなにこいつお坊さんなの?徒然草でも書いてんの?みたいな感性が老若男女問わず、みんなに芽生えてきてますね。

これ単純に「モノを大事にするのがカッコイイ」っていうのとは違うんですね。

モノは豊かだしたくさんある。
でも貧困はまだまだあるし、そもそもモノがたくさんあっても虚しいだけ。

この辺のことは折り込み済みで、あえてメンテナンスしてるんです。
そこには、生きていくことの制約を感じつつも、調和を追い求めるなかに、まだ自分の成長を見出したいって気持ちが含まれているように思います。

この世界は非常に大きいけど私は有限で、物理法則は変えられない。(私は近い将来、いつか死ぬ)
でもそんななかでもきっと私はまだまだたくさん成長できる。

エコともちょっと違う、そんな有限性や虚しさに対する思索的な意味での答えとして、「メンテナンス」を楽しむって行為が現れているではないでしょうか。

世界を見ても、この100年くらいはそういうことに人々の関心の根を下ろすことがテーマとなっている気がします。

メンテナンスの時代は、つまり、対有限性への人の気持ちなんですね。

同じ成長を期待したい気持ちでも、ちょっと前までは、「まだ私はいけるよ!まだ世界は広いよ!もっと可能性追求しようよ!」ってのがムードだったんですけど、なんか変わりましたね。

ってことはつまりあれだ。
そのうちみんな徒然な坊さんだ。

さてとりあえず、私は借りている草刈機を壊してしまったので修理します。ごめんなさい。

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