小説書いた! 浦島二郎物語|LINE小説

ロマンチックは難しい

大学時代の友人が、なんとサイトを見てくれているらしい。

まだ検索にも乗らないようにしているのだが、更新すると、RSSのフィードにはのるのだそうだ。
このサイトはもう6年もやっているのに、プラットフォームを変えるたびに、あらゆるセッティングを吹っ飛ばして初期化してしまう。積み重ねた記事も、アナリティクスのセッティングも、SNSの共有も消え去った。ついでTwitterもなんとなく飽きてやめた。だから誰も見てないだろうな、とあきらめて決めつけていたのだが、読んでくれる人間もいるのだ。希望がでた。

そういえば、彼以外にもRSSに登録していると言っていた人がいた気がする。もしかしたら私が気づいていないだけで、彼の他にも20万人ちょっとくらい静かに読んでくれている人がいるのかもしれない。隠れひげファン的な。扇風機みたいな名前だ。うんでも、そんな気分になってきた。きっとそうだ、そうに決まっている。

「ありがたい。今度から最低三日に一回くらいは更新するようにしよう!」

そう息巻いたのが10日前。当然のように更新しない。
まぁ私はそんなもんだ。

さて、表題の件、今、「実験と表現」という創作?の活動を立ち上げている。
第一回の作るもののテーマが「ロマンティック」に決まりそうだ。

・・ん?ティックじゃないか・・・。チックか・・・。いやチックじゃないか?
チックなのかティックなのかは定かじゃないな。どちらでもいいな。チックでいくか。

だから、近頃ロマンチックを考えている。
ロマンチックなことを考えている訳ではない。

ロマンチックの意味をコトバンクで調べるとこんな感じ。

現実を離れ、情緒的で甘美なさま。

引用 ロマンチックとは – コトバンクより一部分を抜粋

現実を離れ

確かに。

情緒的

なるほど、情緒的。

甘美なさま

いいですねー。甘美!

「現実を離れ」は、なんとなく、空想に思いを馳せている感じが納得できるから、「情緒的」と「甘美」の意味をさらに調べて詳細化してみる。
まず
情緒的から。

一時的に急激に理性を失って感情をむき出しにするさま。

引用 情緒的【じょうちょてき】の意味と例文(使い方):日本語表現インフォより一部分を抜粋

ほ、ほほう。

次は、甘美。

うっとりと快く楽しい・こと(さま)。

引用 甘美(カンビ)とは – コトバンクより一部分を抜粋

うっとり・・。

まとめるとこうなる。

ロマンチックとは、現実を離れ、一時的に急激に理性を失って感情をむき出しにしながら、うっとりと快く楽しい状態。

こわいよ。

ラリってるみたいな意味合いにすら感じてくる。

とは言え、冷静に吟味していると意味合いは正しい。

現実的ではなく、空想的で、
一時、理性を失い感情に身を委ね、
うっとりと快い状態になる。

なるほどー。見えた。見えてきたよ、ロマンチック。

ところで、「ロマンチック」とは何ぞや聞くと、だいたいみんな、あぁロマンチックね、と一定のイメージをするようだ。そして大体において「自分はちげぇし」という表情をする。誰もあなたをロマンチストなどと言ってないでしょう。たぶん、否定するくらいだからそうなんだろうけど。

花とか、ハートとか、海でカップルとか、星空とか、甘い言葉とか。

モチーフとしてはそういったものが一般的なようだ。

しかし、よくよく考えてみると、そのロマンチックの「一般的モチーフ」というのは、あるようでないものなんじゃないかと思えてきた。
どういうことかというと、個人個人が抱くロマンチックモチーフは、かなり独自のものなんじゃないか、こう思えてきたのだ。

というのも、先ほどあげたロマンチック。

私に全然刺さらないのだ。

試しに空想する。花に囲まれ、あたりにハートが飛び、美しい海のビーチで星空を見上げ、隣の彼が「好きだよ、君だけだ・・。」と耳元で甘く囁く。

私は思う。「俺はゲイじゃねぇ」と。

刺さっていない。全然、空想の中で感情に身を委ねてうっとりしてない。花もハートもなんとも思わないし、彼のささやきに至ってはゾっとする。俺に囁くのはやめろ。ちゃんとパートナー探せ。

モチーフが全然違うのだ。

ロマンチックが先ほどの定義で正しいとすれば、私にだって、ロマンチック状態はありうると思う。ロマン●ックが止まらない状態になることもあると思う。
私はウェブの中でもわりかし企画や設計によった人間だし、空想や想像はいわゆる飯のタネだ。
だからロマンチックなことは考えられて然るべきだし、つらいならまだしも、「快い」んだから、ウェルカム万々歳ってなもんだ。

しかし花やハート、ましてや男の甘い囁きではない。

私が「ロマンチック」を感じるモチーフといったら・・・。

海●王にオレはなる!

とかそんなんだ。さっき想像力が飯のタネとか言っといて、小学生みたいなロマンチックを出してしまった。恥ずかしい。
世に20万人ちょっといると思われる扇風機みたいな読者の方々に顔向けできない。

例えの愚かさはともかく、一般的なモチーフとは乖離している。ハートと海賊は、あまり共通としてくくる気にはならない。

性別によっても、年齢によっても、文化や、なんなら個人的な要因によっても、ロマンチックのモチーフは変わる。ロマンチックは、表象するには個人的すぎるもので、中立的な意味合いでアイコン化しにくいものなのかもしれない。

そう考えると、個々人で違うモチーフに「理性を忘れてうっとりしている様( = ロマンチック)」は、確かに他人にはお見せしたくない。極個人的なロマンチックを晒すのは、性癖を晒すくらいの恥ずかしさがあるのかもしれない。そう考えるのが普通だとも言える。

ロマンチックはなんぞやと聞いた時に、多くの人が「私はちげぇし」的な表情をしたのは、なるほどそういうことなのかもしれない。

とりあえず海賊王は忘れてくれ。

ところで、「中立的な意味合いでアイコン化しにくいロマンチック」なのに、なぜかみんなに共通のモチーフがある。
多分、小説・漫画・アニメ・映画・ドラマなど、様々なメディアコンテンツによって作られてきたモチーフだろう。そこには、ロマンチックのワードに引き寄せられるターゲットユーザー(モチーフからいって女性でしょう)がいて、彼らをステークスホルダーにする、マーケッターの意図がある。
結果的に、メディアコンテンツは必然的に露出を積みあげるものなので、積み重ねられた「ロマンチック」のアイコンが、一応の一般的なモチーフとなって、今に至っているのだと思う。

ふむふむなるほど。

で、結局、実験と表現で何を作るの?
って話に戻ると、さてどうしたらいいものか。

うーむ。ロマンチックは難しい。

シェアする
閉じる