小説書いた! 浦島二郎物語|LINE小説

小説を書いて1年経つとウマくならず、ヘタさがわかるようになる

小説を書く

小説を書き出して、もうちょっとで一年経ちます。

寝る間も惜しんで、くる日も来る日も筆をとり……なんて言いたいところですが、実際は息子の寝かしつけついでに寝落ちしちゃうし、ブログと子育てと家事との隙間にちょっと書いちゃあ、そのまま間があいちゃうしを繰り返しています。

文章、うまくならないけど、下手さはわかるようになった

一年も書けばうまくなるかなーなんて期待してましたが、ぜんぜんうまくなりません。

しかし文章を追う目だけは多少、変わってきたのか、最近はひとの小説を読めばなんでも「すごいなぁ」と感嘆し、自分の書いた文章は「おもしろくねーなぁ」と落胆しています。

語彙しかり、言葉選びしかり、物語の展開、登場人物の設定、感情描写、小説への仕掛け……etc

みんなたくさんのエネルギーをぶつけて、たくさん工夫をして、すごい才能をもって書いてるのねぇと圧倒されます。それに比べてオイラったら……。

以前は逆でした。

ひとの小説読んでも「まあぼちぼちかな」くらいにしか思わないうえ、自分の文章には「ひゅーイケてるー」とまではいかないけど、読み返してみて「お、こりゃだいぶ巧く書けた」とかなんとか思ってテンション上がってたんですよね。

そうですね。

だいぶ不遜な態度ですね。

改まって良かったわ。

ちがうちがう。
言いたいのはそういうことじゃない。

文章を書いているあいだに目が変わって、小説の作り手の努力や才が、どのへんにあるのか見えるようになってきた一方で、困ることもでてきたなぁと思っているわけです。

謙虚なのはいいけど、自信がないと手が動かない

自分の力量がわかって謙虚になった。
それはまぁいいんですけど、そうすると自信がなくなってきてよろしくない

だって自信がなくなると、手が止まるし、書き出すのに時間がかかるんです。

自信がないってことは、毎度、行動する前に「ちょっと怖い」って考えることであって、毎度毎度、それを振り払って書くってのは、ただただ書くよりかなり手間がかかる上、疲弊します。

こちとら自営でブロガーで子育てしてて、コロナ騒ぎで、夫婦ともども疲れに疲れてるってのに、私なんか新居になって庭の芝刈りとか外壁の掃除までしなくちゃいけなくて、それなのに朝5時半に起きて毎度、「自信ない……ちょっと怖い……ううん。大丈夫! うち書けるで! 日本一の物書きになるんや」とか、NHK連続テレビ小説の女の子みたいなこと考えてから書くなんてやってらんねって思うわけですよ。34歳だし。腰痛持ちだし。

いややってるけどね!
実際、鎮痛な面持ちでデスクに座ってさ。
連続テレビ小説的な励ましをいれてさ。
それでなんとか書いてるよね!

息子が6時に起きてくるから小説タイム30分で終わるけどね!

また話がそれ始めた。

質は量から成る

昔から質は量より成り立つってのを信用してまして。

書いて直してを繰り返してれば、制作するものって(ほとんど勝手に)よくなっていくと思うんです。

己の実力を勘違いしてよーが、他人から不遜に思われようが、ナルシストだろうが、書けばよくなる。
一方でどんなに誠心誠意、反省して、心を震わせる美しい本質を見つけたって、書き続けてなきゃ何も残せないし、その時に思うまま表現すらできないです。

手を動かすって大事だなと。
めんどうくさいけど大事だなと。
なにはともあれ大事だなと。

スラムダンクを読んで感動した12歳のずっと昔から、そうやってきました。

でも自信がないと、それがやれなくなることを発見。

謙虚なまま手を動かし続ける人のエネルギー

謙虚さと自信のなさって面の皮一枚ちがうだけで非常に近しい存在なんですよね。

謙虚な気持ちになるほど、自信はなくなっていく。
特に私みたいに人生、周囲の様子をうかがってばっかりだった人間はそうなりがちです。

自信がなければ怖くなり、怖くなれば行動が止まり、動かなければ向上しない。

悪循環です。

これを断ち切らなきゃいけない。

ここ最近、残念ながら私は悪循環を断ち切れてません。

で、トップアスリートとかね。
謙虚でしょうー。
謙虚なのにうんざりするほどトレーニングするでしょうー。
自信もってプレイして勝つでしょうー。

どうなってんのかと思いますね。

やっぱり謙虚なまま自信を持ち、行動を続ける爆発的なエネルギーがあるんでしょうかね。

限界まで追い込みかけると吹っ切れて自信がついたりするんですかね。
高校が体育科だったから、すぐ追い込み論になる。

小説がよくなるための一過性の現象と思いたい

初心者のプラトー(最初の成長が止まる期間)だと思いたい。

しかし小説を書くときだけ、本当に手を動かすのが億劫になります。

今、このブログ記事書くのとか、余裕も余裕もよっちゃーんて感じでサクッと書けるし、他のブログで仕事で書かせてもらう記事とかも、ふつうにプレッシャーあってもぜんぜん書けるんですけどねー。

小説だけ大変。
自信がどんどんなくなる。
書き終わってもおもろないって思う。

こういうのを乗り越えたら小説がグッとおもしろくなって書くのも楽しくなるといいんだけどなー。

でも小説って残酷だからなー。
おもしろくなるかどうか、本当、書いてみないとわかんない(し、今はなに書いてもおもしろくない)

最近、そういうの書いてるからかもしれない

まあ色々書いたのですが、最近、こうも悪循環なのは、短編で自己否定っぽいこと考える登場人物をたくさん書くようにトレーニングしてるからかもしれません。

私、根が単純だから影響を受けてるのかもしれん。

なんでこんな後ろ向きなの書いてるのって?

いやね。
頭のなか海とヤドカリとビールとわが子のことばっかりだと、小説にさ、深みが出ないもんで練習してんすよ。

だって私、目指せポエミーな小説家だから。
琴線に触れる深みのある繊細な小説書きになりたいから。

でもねーそういう後ろ向きな小説って、どうやら書いてもまったくもって読まれないみたいなんですよね。

いや単純に私が巧くないってのもあるんですけどね。
でも自分の書いた作品のなかで比べても、やっぱり数字がよろしくない。

数字がすべてじゃないのはわかるけど、読まれない小説を書くのは単純に辛い

こんな小説でも読んでくれる人はゼロじゃないから削除はしないけれど、今後を考えるなら、ただただ後ろ向きなだけじゃなくて、もっと本意を語るためのエッセンスとして書く必要があるんでしょうな。

絹江おばさんと私の逃亡劇を完成させたい

本当は去年の冬くらいから「絹江おばさんと私の逃亡劇」って短編をふくらませて8〜10万字くらいの物語を書こうとしてるんですけど、すっかりそれが止まってしまってます。

それで深みが足りない、ポエミーが足りないってなって、自己否定してそうな物語のトレーニングしてたりします。

結果、自分に自信がなくなるってバカらしいですよね。

うるさいな。

ちなみに目下、また別のやつを書いていて、それも自己否定して主人公が思い悩むやつです。

もともとこういうバカっぽい人間がポエミーとか目指すから、こういうことになるんだと思いますが、チャレンジするのは自由ですからね。

今しばらくは思い悩みのなかでもがきながら、書き続けようと思います。

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